• 2025年4月29日

「まさか自分が…」その時慌てないために。石川ひとみさんの経験から学ぶ肝炎と肝臓のサイン

「♪好きだったのよあなた~」

 世代によっては、歌手・石川ひとみさんのヒット曲「まちぶせ」のこのフレーズを口ずさめる方も多いのではないでしょうか。

華やかなステージで活躍されていた石川ひとみさん。しかし、彼女がデビュー10年目、27歳という若さで「B型肝炎」を発症し、長期の療養を余儀なくされたこと、そしてその後も病気への偏見に苦しまれたことは、あまり知られていないかもしれません。

今回は、石川さんの貴重な体験談を通して、多くの方が他人事ではない「肝炎」という病気、そして健康診断でおなじみの肝機能検査値「AST・ALT」について、改めて考えてみたいと思います。


ある日突然の不調…それは肝臓からのSOSだった

石川さんが肝炎を発症したのは、初のミュージカルの稽古中。ある朝、ひどいめまいに襲われ、病院を受診したことがきっかけでした。

実は、石川さんは生まれた時の母子感染により、B型肝炎ウイルスに持続感染している「キャリア」であることを以前から知っていたそうです。しかし、当時は自覚症状もなく、定期的な検査は受けていませんでした。めまいの原因自体は別でしたが、念のために受けた血液検査で肝臓の数値の異常が見つかり、再検査を経て即入院。「B型肝炎」の発症が判明したのです。


健康診断の「AST・ALT」、あなたは正しく理解していますか?

ここで、健康診断の結果表でおなじみの「AST(GOT)」と「ALT(GPT)」についておさらいしましょう。これらは「肝臓の数値」として知られていますが、具体的に何を示しているのでしょうか?

  • AST (アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ): 肝臓だけでなく、心臓の筋肉(心筋)や手足の筋肉(骨格筋)にも含まれる酵素です。
  • ALT (アラニンアミノトランスフェラーゼ): 主に肝臓の細胞に含まれる酵素です。

これらの酵素は、本来は細胞の中にあります。しかし、何らかの原因で肝臓や心臓、筋肉の細胞が壊れると、血液中に漏れ出してきます。これを「逸脱酵素」と呼びます。

つまり、ASTやALTの数値が高いということは、その時点で肝臓などの細胞がダメージを受けている(壊れている)というサインなのです。

石川さんの場合も、血液検査でこれらの数値(特に肝臓の状態をより反映しやすいALT)が異常に高くなっていたことで、肝炎の発症が分かりました。

ただし、注意点もあります。

  • 数値が高い ≠ 肝機能が低下している、とは限らない: あくまで細胞が壊れていることを示します。肝臓は再生能力が高い臓器です。
  • AST > ALT の場合は肝臓以外も疑う: ASTは心臓や筋肉にも含まれるため、ALTよりASTが高い場合は、心筋梗塞や筋肉の病気、あるいはアルコール性肝障害(アルコールがALTの合成を邪魔するため)なども考えられます。
  • 自己判断は禁物: 「お酒のせいだろう」「疲れているだけだろう」と自己判断せず、数値が高かった場合は必ず医療機関で原因を調べることが大切です。脂肪肝やアルコール性肝障害が多いですが、石川さんのようなウイルス性肝炎や、時には肝臓がんなどが隠れている可能性もあります。

病気の辛さ、そして社会の偏見との闘い

約1ヶ月半の入院生活。石川さんを襲ったのは、強い倦怠感や食欲不振といった身体的な症状だけではありませんでした。

「なんで私が…」

ネガティブな感情に苛まれ、完治しない病気であること、仕事への復帰が見えないことへの不安から、精神的に追い詰められたと言います。主治医からは「今までと同じ仕事(芸能活動)だけが人生じゃない」と、身体を気遣うがゆえに、引退を示唆するような言葉もかけられました。

さらに辛かったのは、退院後の社会生活で直面した「偏見」でした。 B型肝炎は血液や体液を介して感染する病気であり、握手や入浴、日常的な接触でうつることはありません。しかし、病名が報道されると、「うつる!」と握手を拒否されたり、リハビリで通っていたスイミングスクールで他の保護者から「辞めさせてほしい」と言われたり…。

病気そのものだけでなく、正しい知識がないゆえの誤解や偏見が、ご本人を深く傷つけました。この経験から、石川さんは後に『いっしょに泳ごうよ』という本を出版し、講演会などでも積極的に自身の体験を語り、病気への正しい理解を訴え続けています。


再発、そして「病気と共に生きる」ということ

一度回復しても、B型肝炎は完治する病気ではありません。石川さんは、数年後にウイルスが突然変異を起こし、再発した経験もお持ちです。幸い、入院はせずに自宅での絶対安静で乗り越えましたが、「一生付き合っていく病気」であることを改めて痛感したそうです。

しかし、石川さんは絶望しませんでした。 「『B型肝炎の私』が私ですから。病気を受け入れたうえで、できることをやっていこうと思えれば、ちょっと楽になれるんです」

ネガティブにならず、笑顔やポジティブな思考で免疫力を保つことを心がけ、今も歌手として、そして経験を語る講演者として活躍されています。


肝臓からのサインを見逃さず、正しい知識と思いやりを

石川ひとみさんの体験は、肝炎がいかに身近な病気であり、身体だけでなく心にも大きな影響を与えるか、そして社会的な理解がいかに重要かを教えてくれます。

健康診断でAST・ALTの異常を指摘された方は、決して放置せず、専門医に相談してください。そして、もし身近な人が肝臓の病気になったとしても、私たちは正しい知識を持ち、偏見なく温かく接することが大切です。

当クリニックでは、肝臓疾患に対する再生医療の研究・提供に取り組んでおりますが、まずはご自身の身体の状態を知り、肝臓をいたわる生活を心がけることが第一歩です。

肝臓は「沈黙の臓器」とも呼ばれますが、AST・ALTなどの血液検査は、その沈黙を破る貴重なサインです。そのサインを見逃さず、ご自身の健康、そして周りの人への思いやりにつなげていきましょう。

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