- 2025年10月15日
「NASH」はもう古い?新しい病名「MASH」とは?
放置すれば肝がんへ進む、沈黙の病気の正体と最新治療

健康診断で「脂肪肝」を指摘されたけれど、「お酒はあまり飲まないし、症状もないから大丈夫」と思っていませんか?
実はその考え、非常に危険かもしれません。
近年、脂肪肝に関する医学的な考え方は大きく変わり、病気の名前そのものも新しくなりました。これまで「NASH(ナッシュ)」と呼ばれていた危険な脂肪肝炎は、現在「MASH(マッシュ)」という新しい名称で呼ばれています。
これは単なる名前の変更ではありません。この病気が、私たちの体に忍び寄る「静かなる脅威」であることを、より明確に示すための重要な変更なのです。
今回は、なぜ名前が変わったのか、そしてこの「MASH」という病気の本当の恐ろしさと、最新の治療法について肝臓病専門医がご説明いたします。
【第一章】なぜ「NASH」から「MASH」へ?名称変更に隠された重要な意味

2023年、世界の肝臓学会で、これまでの「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」や「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」という名称を変更することが決定されました。
- NAFLD → MASLD(マッスルド / 代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)
- NASH → MASH(マッシュ / 代謝機能障害関連脂肪肝炎)
この変更の最大のポイントは、「Metabolic dysfunction-associated(代謝機能障害関連)」という言葉が加えられたことです。
これまでは「お酒を飲まないのに起こる脂肪肝」という、いわば原因が曖昧な捉え方をされていました。しかし研究が進み、この病気の本質が肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった「代謝の異常(メタボリックシンドローム)」にあることがハッキリしたのです。
つまり、「MASH」は単にお酒を飲まない人の肝炎ではなく、「生活習慣病が引き起こす、肝硬変や肝がんにつながる危険な肝炎」である、ということが新しい名前によって明確にされたのです。
【第2章】あなたは大丈夫? MASHのリスクと「沈黙の臓器」の警告

MASHの最も怖い点は、かなり進行するまで自覚症状がほとんどないことです。肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、ダメージを受けても黙々と働き続けるため、気づいた時には深刻な状態になっていることが少なくありません。以下に当てはまる方は、MASHのリスクが高いと考えられます。
- 肥満(特に内臓脂肪)を指摘されている
- 糖尿病、または血糖値が高めだと言われた
- 高血圧の治療中、または血圧が高め
- 脂質異常症(悪玉コレステロールや中性脂肪が高い)
MASHを放置すると、肝臓の細胞が壊れて硬くなる「線維化」が静かに進行します。
脂肪肝(MASLD) → 肝炎(MASH) → 肝硬変 → 肝がん |
この負の連鎖を断ち切るには、早期発見と適切な対策が不可欠です。
【第3章】 MASHをどう見つけ、どう治すか?最新の検査と治療法

では、症状のないMASHをどのように見つけ、治療するのでしょうか。
<最新の検査法>
健康診断の血液検査(AST, ALT)や腹部エコー検査は重要な第一歩ですが、それだけでは線維化の進行度までは分かりません。当院では、より精密な評価を行うために、次のような検査も活用します。
- FIB-4 index:年齢と血液検査の数値(AST, ALT, 血小板数)から、肝臓の線維化のリスクを簡便に計算する方法です。
- 肝硬度測定(エラストグラフィ):超音波を使い、体に負担をかけることなく肝臓の硬さ(線維化の進行度)を数値で評価する検査です。
<治療の3つの柱>
MASHの治療は、複数のアプローチを組み合わせることが重要です。
① 食事・運動療法(基本であり最も重要)
MASHは生活習慣病が原因のため、その改善が治療の基本です。体重の7〜10%を目標とした減量が、肝臓の状態を劇的に改善させることが分かっています。糖質や脂質の多い食事を避け、ウォーキングなどの有酸素運動を習慣にすることが大切です。
② 薬物療法(新しい希望の光)
これまでMASHに特化した治療薬はありませんでしたが、近年、状況が変わりつつあります。特に、糖尿病や肥満症の治療薬である「GLP-1受容体作動薬(セマグルチドなど)」や「GIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチド)」が、MASHによる肝臓の炎症や線維化を改善させるという研究結果が、世界的に権威のある医学雑誌で発表され、大きな注目を集めています。これは、代謝異常と肝臓の両方にアプローチできる、画期的な治療選択肢となる可能性があります。当院でも、糖尿病を有するMASHの患者様に対して、チルゼパチドなどを用いて積極的に治療を行っております。
③ 進行してしまった肝臓へのアプローチ「再生医療」
食事療法や薬物療法でも改善が難しい場合や、すでに線維化が進行し肝硬変に近い状態になってしまった場合でも、諦める必要はありません。
当院では、進行した肝疾患に対する新たな選択肢として「肝臓再生医療(幹細胞治療)」に取り組んでいます。これは、患者様ご自身の細胞が持つ「修復する力」を利用して、硬くなった肝臓の炎症を抑え、線維化の進行を抑制することを目指す治療法です。肝臓が本来持つ回復力を高め、病気の進行を食い止める可能性を秘めています。当院では、幹細胞治療後、半年から1年かけて肝機能の数値が改善し、肝臓の線維化の進行を抑制できたケースが見られてきております。

「脂肪肝」という言葉の軽い響きに惑わされてはいけません。その裏には、肝硬変や肝がんへとつながる「MASH」という病気が隠れているかもしれません。
健康診断で肝機能の異常や脂肪肝を指摘された方は、決して放置せず、一度肝臓病専門医にご相談ください。ご自身の肝臓が今どのような状態にあるのかを正確に把握することが、未来の健康を守るための最も重要な第一歩です。
当院では、最新の知見に基づいた診断から、生活習慣の指導、そして進行した肝疾患に対する再生医療まで、患者様一人ひとりの状態に合わせた最適な治療をご提案します。オンラインでのご相談も可能ですので、お気軽にお問い合わせください。