- 2026年10月19日
肝性脳症のメカニズムと最新治療—ラクツロースやエルカルニチン、リファキシミン、BCAAが守る脳と肝臓

こんにちは。
神戸市西区のさいとう内科クリニック院長の斉藤雅也です。
肝硬変が進行すると、肝臓がアンモニアなどの毒素を十分に解毒できなくなり、意識がぼーっとする、昼夜逆転が起きる、手が震えてうまく字が書けなくなるといった症状が現れることがあります。これが「肝性脳症(かんせいのうしょう)」です。
肝性脳症はご本人だけでなく、支えるご家族にとっても非常につらい合併症ですが、決して不治の症状ではありません。早期発見と適切な治療によって、発症や再発を大幅に防ぐことができます。
近年では、腸内環境の改善を中心とした「ラクツロース」やエネルギー代謝を助ける「エルカルニチン」、特殊な抗菌薬「リファキシミン」、アミノ酸バランスを整える「BCAA」といった治療戦略が確立されてきました。
今回は、肝性脳症のメカニズムから最新の治療・予防策まで、肝臓病専門医の視点からわかりやすく解説します。
■1. 肝性脳症とはどのような病態か

肝性脳症(Hepatic Encephalopathy:HE)とは、肝機能の低下や血流の異常によって、本来肝臓で代謝・解毒されるはずの有害物質(主にアンモニア)が血液中に溜まり、脳に悪影響を及ぼす病態です。アルコール性、ウイルス性(B型・C型)、脂肪肝(MASH)など、原因を問わず進行した肝硬変で見られます。
重症度は以下のように段階的に進行します。
- 微小肝性脳症(MHE)〜グレード1: 普段の会話や日常生活は一見普通に送れているように見えますが、注意力の低下、睡眠リズムの乱れ(夜眠れず昼間うとうとする)、計算や細かい作業のミスが増えるなどの変化が現れます。これらは「潜在性肝性脳症(Covert HE)」と呼ばれ、加齢による物忘れと間違われて見落とされやすい危険な初期段階です。
- グレード2〜3: 時間や場所の感覚が狂う(見当識障害)、呼びかけへの反応が鈍くなる、会話がかみ合わなくなるほか、手を前に伸ばすと羽ばたくようにピクピクと震える「羽ばたき振戦」が現れます。
- グレード4: 完全に意識を失い、昏睡状態に陥る極めて危険な状態です。
便秘、脱水、感染症、利尿剤の過剰使用、消化管出血、高タンパク食のドカ食いなどが引き金(誘発因子)となって急激に悪化するため、日頃からの予防管理が極めて重要です。
■2. なぜアンモニアが脳を傷つけるのか—メカニズムの解説

腸内では、日々の食事に含まれるタンパク質や腸内細菌の代謝によって、常に大量のアンモニアが作られています。 健康な体であれば、門脈という血管を通って肝臓に運ばれ、「尿素サイクル」という解毒システムによって無害な尿素に変換され、尿として体外に排泄されます。
しかし肝硬変になると、肝細胞そのものの解毒能力が低下するだけでなく、硬くなった肝臓を血液が通りにくくなり、腸からの血液が肝臓を迂回して直接全身へ流れる「側副血行路(門脈体循環シャント)」ができてしまいます。 その結果、未処理のアンモニアがそのまま全身を駆け巡り、脳へと到達します。
アンモニアが脳の関門を突破すると、脳の神経細胞を支える「アストロサイト」という細胞に取り込まれて膨張(脳浮腫)を引き起こし、脳全体の情報伝達を混乱させてしまうのです。 また、腸内環境の悪化(悪玉菌の増殖)はアンモニアの産生量を直接跳ね上げるため、腸のコンディションが脳の健康を左右することになります。
■3. 肝性脳症の主な薬物治療:ラクツロース・エルカルニチン・リファキシミン・BCAA

現在の医療において、肝性脳症の治療と再発予防の基本となるのは以下の「4本柱」です。
ラクツロース(合成二糖類)
腸内で分解されて腸内を酸性に傾け、アンモニアが体内に吸収されにくい形(アンモニウムイオン)へと変化させます。同時に排便を促す下剤としての作用も持ち、腸内のアンモニアを便と一緒に強制的に排泄させます。
エルカルニチン
エルカルニチン(商品名:エルカルチンFF)は、肝硬変で著しく欠乏するアミノ酸様物質「カルニチン」を補充するための薬剤です。カルニチンは脂肪酸をミトコンドリアへ運び込んでエネルギーを産生する「脂肪酸の運び屋」として全身の細胞で不可欠な役割を担っています。
肝硬変が進むと肝臓でのカルニチン合成能が低下し、骨格筋のエネルギー産生が障害されます。その結果、筋肉の分解が促進されてアンモニア産生が増加し、脳症をさらに悪化させるという悪循環に陥ります。エルカルニチンを補充することでこの悪循環を断ち切り、骨格筋機能を改善しながら血中アンモニアを低下させることが期待されます。また、微小肝性脳症(MHE)患者の認知機能・睡眠障害の改善効果も臨床研究で確認されており、肝性脳症の治療・予防において重要な柱となっています。
リファキシミン(難吸収性抗菌薬)
口から飲んでも腸管からほとんど血中に吸収されない特殊な抗菌薬です。全身への副作用を抑えながら腸内にとどまり、アンモニアを大量に作り出す悪玉腸内細菌をピンポイントで退治します。2016年の保険適用以降、慢性的な高アンモニア血症のコントロールや脳症の再発予防において中心的な役割を果たしています。
BCAA(分岐鎖アミノ酸:バリン・ロイシン・イソロイシン)
肝機能が落ちると、血中のBCAAが減少し、脳症を助長する芳香族アミノ酸(AAA)が増えるというアンバランス(フィッシャー比の低下)が生じます。BCAA製剤を経口補充することで、肝臓に代わってアンモニアを解毒してくれる「骨格筋(筋肉)」の働きを強力にサポートし、脳症の改善とアミノ酸バランスの是正を図ります。
■4. 院長の研究から—エルカルニチンによる微小肝性脳症の治療効果について

私は肝臓病専門医として、肝硬変患者様におけるエルカルニチン(L-カルニチン)の臨床的有効性について研究を重ねてまいりました。
微小肝性脳症は、見た目には症状がないものの、集中力や反応の速さが低下している状態です。車の運転能力が落ち、交通事故のリスクも高まります。放置すると、3年以内に半数以上の方が、はっきりした肝性脳症へ進むとされています。
当院院長が神戸大学で行った研究では、肝硬変の患者さん64名に、8種類の検査からなる神経心理検査(NPテスト)を受けていただきました。その結果、37.5%にあたる24名に微小肝性脳症が見つかりました。この24名にエルカルニチン(1日1,800mg)を3か月間内服していただいたところ、45.8%にあたる11名で脳症が改善しました。
特に改善が目立ったのは、数字と文字を順番につなぐ検査(NCT-B)と、反応の速さをみる検査(RTT-C)です。脳症が改善した方では、NCT-Bの成績が36.4%、RTT-Cの成績が54.5%の方で良くなりました。一方、改善しなかった方では、それぞれ0%と7.7%にとどまりました。
では、なぜ効果が出る方と出にくい方がいるのでしょうか。その鍵となったのが、血液中のタウリンというアミノ酸です。治療前のタウリン値が高い方ほど効果が出やすい傾向がありました。48.5 nmol/mLを基準にすると、効果が出にくい方の9割以上を治療前に見分けることができました。
エルカルニチンは、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの働きを助ける成分です。一方、タウリンにはミトコンドリアそのものを守る働きがあります。ミトコンドリアが元気な方ほど、エルカルニチンが取り込まれやすいと考えられます。今後は、エルカルニチンとタウリンを組み合わせた治療も期待されます。この研究成果は、Saito M, et al. Hepatol Res 2016; 46: 215-224に掲載されており、エルカルニチンが微小肝性脳症の治療において重要な役割を果たすことを科学的に実証したものです。
当院では、エルカルニチンをラクツロース、リファキシミン、BCAAといった既存の治療薬と組み合わせることで、より包括的・個別化された肝性脳症の治療・再発予防に取り組んでいます。
※出典:
■5. 日常生活でできる予防策:便秘ゼロと感染症対策

ご自宅で過ごす中で、何よりも徹底していただきたいのは「毎日のスムーズな排便」です。 便が腸内に半日とどまるだけでも、腸内細菌によってアンモニアが爆発的に作られ、血中濃度が急上昇します。
排便が1日でも滞ったら、主治医に相談して下剤の量を微調整するなど、「便秘を絶対に放置しないこと」が最大の防波堤になります。
また、ヨーグルトなどのプロバイオティクスを活用して腸内環境(腸肝軸)を整えることも有効です。
さらに、風邪や尿路感染症、インフルエンザなどの「感染症」や、下痢・発汗による「脱水」は、体内のタンパク質異化を進めて急激に脳症を引き起こす最大の引き金になります。こまめな水分補給、毎日の手洗い・うがい、感染症の早期治療を心がけましょう。
■6. まとめ:繰り返す肝性脳症に悩む患者様とご家族へ

肝性脳症の初期サインは、ご本人が自覚することは極めて困難です。
「夜中にゴソゴソ起き出して、昼間に居眠りばかりしている」
「話の辻褄が合わないことがある」
「お箸をよく落とす、字が急に下手になった」
ご家族がこうしたわずかな異変に気づかれたら、決して「歳のせい」で済ませず、すぐに肝臓病専門医へご相談ください。
神戸市西区のさいとう内科クリニックでは、詳細な血液検査や問診をもとに、ラクツロース、エルカルニチン、リファキシミン、BCAA製剤、そして適切な食事指導を組み合わせた包括的な治療を行っています。
さらに当院では、内服治療を行っていても肝性脳症や腹水などの合併症を繰り返してしまう進行した非代償性肝硬変(Child-Pugh分類グレードCを含む)の患者様に対し、ご自身の脂肪組織を活用した「自己脂肪由来幹細胞治療(肝臓再生医療)」という新たな治療選択肢をご提案しております。ご自身の細胞を用いて治療を行うため、拒絶反応が極めて少なく、安全性が高い治療です。
ご遠方の患者様やご家族のため、自宅にいながらスマートフォンでご相談いただける「オンライン事前相談」を実施しております。また、インターネットやスマートフォンの操作が難しい方は、診療時間内に当院までお電話にてお問い合わせいただいても構いません。院長の外来診療が落ち着きましたら、こちらからお電話をかけ直させていただきます。院長は、標準治療と再生医療の両方ともに精通しており、事前相談から、検査、脂肪採取、培養、幹細胞点滴、点滴後のフォローまで一貫して対応していますのでご安心ください。
医療は日々進歩していますので、他院で治療ができないと言われた肝硬変患者様も、決して諦めないでください。一人で不安を抱え込むことなく、どうぞお気軽にお声がけください。現状を前向きにとらえて、当院と二人三脚で病気に立ち向かっていきましょう。
- 院長
- 斉藤雅也 Masaya Saito
日本肝臓学会 肝臓病専門医 Hepatologist, The Japan Society of Hepatology - 所在地
- 〒651-2412
兵庫県神戸市西区竜が岡1-15-3
(駐車場18台あり) - 電話
-
- 電話:078-967-0019
- 携帯電話:080-7097-5109
- アクセス
- 当院は、神戸市西区と明石市の境界付近に位置しており、明石市からも徒歩圏内です。実際に、明石市方面からも多くの患者様(肝臓病・一般内科)にご来院いただいております。駐車場も完備しておりますので、お車での通院も便利です。
