• 2026年10月6日

「痩せ薬」が脂肪肝炎の治療薬に ― でも肝硬変は対象外 その先にある選択肢とは

こんにちは。

神戸市西区のさいとう内科クリニック院長の斉藤雅也です。

2026年6月、日本で初めてMASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)に対する治療薬が承認されました。これはGLP-1受容体作動薬として知られるセマグルチド(商品名:ウゴービ皮下注)で、長年「生活習慣の改善しかない」と言われてきた脂肪肝炎治療に、ようやく薬物療法の選択肢が加わった歴史的な出来事です。

SNSやテレビで「痩せ薬」として話題になってきた薬だけに、「脂肪肝なら自分にも使えるの?」と気になった方も多いのではないでしょうか?

結論からお伝えすると、この薬が使えるのは条件を満たした一部の方だけです。そして、すでに肝硬変になっている方は対象に含まれていません。

今回は、この新しい薬で何が変わったのか、そして肝硬変の方にはどんな道があるのかについて、肝臓病専門医の視点から解説します。

■ MASLDとMASHとは?―「脂肪肝」の新しい名前と概念

以前は「NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)」「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」と呼ばれていた病態が、2023年以降、国際的な合意のもと「MASLD」「MASH」へと名称変更されました。

・MASLD(マッスルディー):Metabolic dysfunction-Associated Steatotic Liver Disease(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)の略。代謝異常を背景に肝臓に中性脂肪が蓄積した状態で、日本人の成人の約2〜3割が該当すると言われています。

・MASH(マッシュ):MASLDの中で、脂肪蓄積にとどまらず「肝細胞の炎症」や「線維化(組織が硬くなる変化)」を伴う進行性の病態です。放置すると肝硬変や肝がんへと進展するリスクがあります。

この名称変更の背景には、単に「お酒を飲まない人の脂肪肝」という消極的な分類から、「肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症などの代謝異常が根本原因にある全身疾患」として積極的に捉え直す医学的な意図があります。

■ なぜ脂肪肝炎は進行するのか?―病態のメカニズム

脂肪肝がMASHへと悪化するメカニズムは、以下のように段階を踏んで進行します。

  1. 脂肪の過剰蓄積と酸化ストレス:内臓脂肪の増加や偏った食事により、肝臓への脂肪の取り込みが過剰になります。すると肝細胞内で活性酸素が発生し、「酸化ストレス」が引き起こされます。
  2. 慢性炎症と肝星細胞の活性化:酸化ストレスが持続的な炎症を招き、肝臓内の「肝星細胞(かんせいさいぼう)」が活性化してコラーゲン線維を過剰に産生します。
  3. 線維化から肝硬変・肝がんへ:線維化が進むと肝組織が硬くなり(肝硬変)、慢性炎症による細胞のDNA損傷が蓄積することで、肝がんのリスクが跳ね上がります。

脂肪肝は「よくある、たいしたことのない状態」と思われがちです。しかし実際には、肝硬変、肝がんへの入り口になりうる病気なのです。

特に注意が必要なのは、痩せ型の方でも発症する点です(Lean MASLD)。筋肉量が少なく内臓脂肪が多い「隠れ肥満」や、過度な糖質摂取がある場合、BMIが正常値であっても肝臓に脂肪が集中して蓄積し、急激に肝臓の炎症が進行することがあります。

■ 院長の研究と当院の取り組み―脂肪肝と脂質の科学

私はこれまで、大学病院や専門機関において肝疾患と代謝の関わりについて臨床研究を行ってまいりました。

【脂肪肝の病態進行と脂質代謝に関する研究】

MASLDの病態進行に関連する特定の脂質(脂質メディエーター)を同定し、脂質代謝の乱れが肝臓の炎症や線維化を悪化させるメカニズムを明らかにしました。

※出典:

【内臓脂肪と肝がん予後に関する研究】

CT画像を用いて内臓脂肪面積を解析し、内臓脂肪の過剰な蓄積が肝がん治療後の生存率や予後に悪影響を及ぼすことを報告しました。脂肪肝は単なる「見た目の問題」ではなく、がんリスクや生命予後に直結する全身疾患です。

※出典:

■ 当院で実践している脂肪肝・MASHの精密診断と管理

さいとう内科クリニックでは、以下の包括的なアプローチで患者様の肝臓を守ります。

1.精緻な非侵襲的検査:

  1. 腹部超音波(エコー)検査:脂肪沈着の程度(輝度上昇)を視覚的に評価します。
  2. 超音波エラストグラフィー(Shear wave elastography):身体に負担をかける肝生検を行わずに、肝臓の硬さ(線維化の度合い)を数値・カラーマップで客観的に測定します。
  3. 血液生化学検査・線維化スコア:AST、ALT、γ-GTP、血小板数に加え、FIB-4インデックスの算出や特異的糖鎖マーカー「M2BPGi」の測定を行い、多角的に線維化リスクを判定します。

2.生活習慣改善と栄養指導:

  • 総カロリーや過剰な糖質・脂質のコントロール、野菜・魚を中心とした和食へのシフト。
  • 週90分以上を目安とした有酸素運動の実践。体重の5〜10%の減量を目指し、無理のない計画を一緒に立案します。

3.併存疾患の総合管理:

  • 2型糖尿病や脂質異常症、高血圧を合併されている方には、肝臓保護効果も期待されるGLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬など、適切な保険診療薬を用いた内科的治療を行います。

■ MASH治療薬「ウゴービ」承認の詳細と意義

2026年6月19日、ノボノルディスクファーマのセマグルチド2.4mg製剤(ウゴービ皮下注)が、中等度〜高度の肝線維化(ステージF2〜F3)を伴う成人のMASHに対して国内で適応拡大の承認を取得しました。これが日本初のMASH治療薬となります。

・科学的根拠(ESSENCE試験):国際的な大規模臨床試験において、週1回の投与により肝臓の炎症改善(組織学的改善)および肝線維化の改善がプラセボと比較して有意に高い割合で示されました。

知っておくべき留意点:

・剤型:週1回の「皮下注射」製剤です。経口薬(飲むタイプのセマグルチド製剤)はMASHの適応を持っていません。

・対象:「肝硬変を伴わない、F2〜F3の線維化を有するMASH」が対象です。単に脂肪が溜まっているだけの初期段階(F0〜F1)や、すでに進行した肝硬変(F4)は対象外となります。

・処方基準:この薬を保険診療で処方するには、国が定めた医療機関の条件(常勤の管理栄養士による栄養指導の体制や、学会の研修施設としての認定など)を満たす必要があります。当院ではこの薬の処方は行っていません。

・当院での対応:当院では、血液検査(FIB-4など)や腹部超音波検査に加え、肝臓の硬さを体の外から直接測る「超音波エラストグラフィー検査」で線維化の程度を評価し、この薬の対象になりそうかどうかを判断しています。対象となる可能性がある方には、条件を満たす専門医療機関をご紹介します。「自分は対象になるのか知りたい」という方も、お気軽にご相談ください。

・注意事項:インターネットなどで個人的に入手して使うことは、思わぬ副作用につながる恐れがあり危険です。必ず医師の診察を受けてください。

■ 薬が使えるのは「肝硬変の手前」まで

肝硬変になってしまった方にとっては、今回のニュースは、「自分のための薬ではなかった」ということになります。肝硬変の患者様は、脂肪肝が原因の方だけではありません。B型肝炎、C型肝炎、アルコール性、自己免疫性の病気など、様々な原因から肝硬変に至ります。そうした方々の「肝臓そのものの力」を支える治療は、まだほとんどありません。

■ 肝硬変の方へ ― 治療選択肢としての肝臓再生医療

肝臓は本来、一部を切り取っても元の大きさ近くまで戻るほど再生力の強い臓器です。ところが肝硬変になると、硬くなった組織に囲まれて、その再生力が充分に発揮できなくなります。

当院では、保険診療による基本治療に加えて、肝臓再生医療のパイオニアとして「自己脂肪由来幹細胞を用いた肝機能障害治療」を並行して行っています。ご自身の脂肪から取り出した幹細胞を培養し、点滴で体内に戻す治療です。

1.脂肪の採取:針を使って少量の脂肪を採取します。大きく切る手術ではありません。
2.培養:専門の細胞培養施設で幹細胞を増やします。1回の採取で、約6回分の幹細胞点滴に使える細胞を保管できます。
3.点滴:培養した幹細胞を点滴で体内に戻します。2回目以降は、保管した細胞から約8週間かけて新しく培養します。

    ご自身の細胞を使うため、拒絶反応の心配が少ない治療です。

    当院で実際に肝臓再生医療を受けられた患者様(30名)で、幹細胞点滴後、半年から1年を経て、肝臓の数値の改善や、倦怠感、腹水、下肢のむくみ、黄疸、肝性脳症の改善がみられるケースを多数報告させていただいております。今後の肝臓再生医療による治療効果に大いに期待しております。

    遠方にお住まいの方や、長時間の移動が体に堪えるという患者様のために、当院ではご自宅にいながらスマートフォンで受診できる「オンライン事前相談」を導入しています。

    お手元にある直近の血液検査結果データや画像データ(CT・MRI・エコー等)をご用意いただき、現在の全身状態や体力を丁寧に伺った上で、再生医療の適応があるかどうかを肝臓病専門医である院長が総合的に判断いたします。

    また、「インターネットやスマートフォンの操作が苦手」という患者様やご家族様は、どうぞ直接、診療時間内に当院へお電話をおかけください。

    お電話をいただきましたら、まずは再生医療に精通した専任スタッフが状況をお伺いし、院長から詳しくご説明させていただくお時間をご案内いたします。

    他院で治療法がないと言われた患者様も決して諦めないでください。

    大切な肝臓を守るために、そして、あとから後悔しないように、今日から二人三脚で治療に取り組みましょう。

    ■ 肝臓再生医療に関する重要事項(費用・リスク・承認状況)

    患者様に心からご納得いただいた上で治療を選択していただくため、当院では治療のメリットだけでなく、費用や限界、リスクについても包み隠さず事前にお伝えしております

    ・診療区分および費用:

    本治療は公的医療保険が適用されない「自由診療」です。

    ・脂肪採取と初回投与:3,300,000円(税込)
    ・2回目以降の追加投与:1回につき 1,100,000円(税込)

    ・医薬品医療機器等法上の位置づけ:

    本治療で用いる自己脂肪由来間葉系幹細胞は、医薬品医療機器等法上の承認を受けたものではなく、確立された標準治療ではありません。

    ・効果とリスクについて:

    治療効果には個人差があり、すべての方に同一の改善効果を保証するものではありません。病状や体質によっては、期待される変化が見られない場合もあります。また、脂肪採取部位の内出血や感染、細胞点滴時のアレルギー反応や発熱などの副作用が生じるリスクがまれにあります。詳しいリスクについては、事前の診察時に院長より丁寧にご説明いたします。

    ・法的手続きおよび管理体制:

    医療法人社団好也会 さいとう内科クリニック
    自己脂肪由来幹細胞を用いた肝機能障害治療
    再生医療等提供計画番号:PB5230080
    審査:日本再生医療協会 特定認定再生医療等委員会(認定番号 NA8200001)
    特定細胞加工物製造事業者:CZEN CLINIC Cell Processing Center(施設番号 FC3220189)

    ■ まとめ ― ⾃分の肝臓が「どの段階か」を知ることから

    かつて「健診で引っかかったけれど、お酒も飲まないし様子を見よう」と軽視されがちだった脂肪肝ですが、国内初の治療薬承認という大きな節目を迎え、医療界の認識は完全に変わりました。ただし、どの治療が使えるかは、肝臓の線維化がどこまで進んでいるかで決まります。

    □ 健診結果で ALT が 30 を 超えていないか 確認する。
    □ 年齢‧ AST ‧ ALT ‧⾎⼩板数から FIB-4 を 計算してみる。
    □ 気になる数値があれば、肝臓病専⾨医で線維化の程度を調べる。
    □ すでに肝硬変と⾔われている⽅は、再⽣医療を含めた治療選択肢を相談する。

    当院では、肝臓病専⾨医が、脂肪肝の段階から肝硬変、そして肝臓再⽣医療の適応判断まで⼀貫して診療しています。どうぞお一人で悩まず当院までご相談ください。豊富な診療実績に基づき、お一人おひとりの状態に応じた最適な治療方針をご提案いたします。

    この記事の監修・執筆者

    さいとう内科クリニック
    院長:斉藤 雅也 Masaya Saito

    • 日本内科学会認定医
    • 日本肝臓学会専門医
    • 日本消化器病学会専門医
    • 日本超音波医学会専門医
    • 日本消化器内視鏡学会専門医
    院長 斉藤雅也 Masaya Saito

    神戸大学医学部附属病院等の最前線で長年消化器・肝臓内科の臨床と研究に従事。医学博士。 標準治療では回復が困難な進行した肝炎や肝硬変に対し、新たな選択肢としての「肝臓再生医療」にいち早く取り組む。また、肝硬変患者さまの中で合併症(潜在性肝性脳症)を有する割合を明らかにし、カルニチンによる潜在性肝性脳症の治療効果を世界で初めて報告するなど、国際的な英文医学誌への論文掲載実績も多数(代表論文:Hepatol Res 2016; 46(2): 215-224)。科学的根拠に基づいた高度な専門知識と精緻な診断で、患者様の肝臓を守るサポートを行っています。
    ≫ 詳しい経歴や全研究実績はこちら

    さいとう内科クリニック
    院長
    斉藤雅也 Masaya Saito
    日本肝臓学会 肝臓病専門医 Hepatologist, The Japan Society of Hepatology
    所在地
    〒651-2412
    兵庫県神戸市西区竜が岡1-15-3
    (駐車場18台あり)
    電話
    • 電話:078-967-0019
    • 携帯電話:080-7097-5109
    アクセス
    当院は、神戸市西区と明石市の境界付近に位置しており、明石市からも徒歩圏内です。実際に、明石市方面からも多くの患者様(肝臓病・一般内科)にご来院いただいております。駐車場も完備しておりますので、お車での通院も便利です。